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 以前、もうそろそろ一年半が過ぎようとしているが、伊豆半島の東からの入り口、網代という場所で夏の二週間ほどを過ごしたことがある。
 網代はJR熱海駅から伊東線で、確か三つ目の、改札が一つの小さな駅で、私が過ごしたのはそこからバスで二十分ほどの、眼下に海を見下ろすペンション、のようなところだった。『南熱海~』と始まっていたと記憶しているが、名前は忘れてしまった。
 建物は山の中腹に建っており、目の前を通る国道を越えて、向こうには海しかない。視界どころか水平線を遮るものも一つもない眼下の景色を、時たま漁船が横切り、一つだけ浮かぶ島に晴れの日には遊覧船が賑やかしく出入りしていた。
 陸と海との境目の地形をなぞるように走る国道沿いには、定食屋と土産物屋、コンビニが一軒ずつ、ペンションを出た場所にファミリーレストランと休憩の施設、バス停があった。バスは一日に幾人かを連れていき、多くの場合同じ数を連れて帰った。
 私はそこでの凡そ二週間、二度の清水への帰宅を除いて、音楽の聴こえない生活をしていた。その代わりに波の寄せる音や国道を車が抜けて行く音(止まる者はほとんどいなかった)、夕暮れを呼ぶように鳴きだす蜩の声、それから或る老人との会話と共に日を送った。老人は、私が網代に滞在することになる小さなきっかけとなった人物であり、私は老人の後任者としてその場所に来ていた。
 老人とは、二週間の間、毎朝顔を合わせた。老人が毎朝様子を見にきたからだ。毎朝決まった時間に、老人は私のいる場所に顔を出した。心配で、ということではなかったはずなので、それは挨拶のようなものだったかもしれない。そして一つ二つの言葉を交わし、帰り際には夕食の誘いなどを掛けてくれた。私はその暖かい心遣いを受け、夕食を一緒し、幾つかの話を聞いた。


 作家藤沢周平の随筆に『小説の周辺』という作品がある。その作品は文字通り、藤沢周平の小説の生まれでる素地となる、自身の日々の暮らしに転がるものを綴ったものである。
 音楽の周辺、そこに広がり寄り添うもの。音の中にはそのようなものも聴くことが出来る。人が音を奏でるということは、人が音を奏でるということである。それはあの老人が育てたという小さな菜園に、黄色いトマトが生るということと同様のことであるように私には思われる。
 私はこれからここに生活の、周辺にあるものを書いていきたいと思っている。そこには音楽そのものの名が必ずしも出てはこないかもしれないが、丁寧に書くことが出来れば、そのシーン自体が音を持って鳴る、というようなものになるのではないだろうか。
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by burnthemap | 2007-12-09 09:43 | 150